原付で房総半島を1周してきた(1日目後半:道の駅「きょなん」~大房岬~館山城~洲崎灯台~野島崎灯台)

こんにちは。おわっっ(@rk_owaaa)です。

 

今回は千葉県の房総半島を内房→外房にかけて、一泊二日原付で一周してきました。

原付で地球の丸く見える丘展望館に行ってきた。以来の原付ツーリング一人旅です。

写真とともに行ってきた観光地の紹介をしたいと思います。

 

↓↓1日目前半の記事です

原付で房総半島を1周してきた(1日目前半:富津岬~東京湾観音~鋸山)

 

 

  1日目後半(道の駅「きょなん」~大房岬~館山城~洲崎灯台~野島崎灯台~民宿(南房総市白浜))

15:15 鋸山のロープウェー山麓駅を出発。

南房総市富浦にある「大房岬」へ向かう。ざっくり15kmだから約1時間ぐらいかな。

 

いまだに富津岬で軽食を入れただけなので、お腹は空いている。道中、気軽に立ち寄れそうな場所があれば寄るスタンスで国道127号線、内房なぎさラインを南下。そして、20分ほど走らせたところで、ピンとくるところを見つけた。

道の駅「きょなん」

道の駅「きょなん」

 

看板の通り、ここには「菱川師宣記念館」が併設されている。

菱川師宣記念館

鋸南町は「見返り美人図」の作者であり、浮世絵の祖である菱川師宣生誕の地とのこと。

今回は寄らず、何か食べられるところを探す。

 

そして、洋菓子の店「アトリエボンボン」さんでメロンショートケーキを食べることにした。

アトリエボンボン

生クリームが舌を包む甘さなのに対し、その隙間からメロンのやや甘酸っぱい果汁が遅れてやってくる。なかなか美味しい一品。疲れも一気に吹き飛ぶ。

 

再出発。

 

 

16:20 大房岬(たいぶさみさき)に到着。

一帯が自然公園となっており、車両は進入禁止とのこと。私が行こうとしている「大房岬要塞跡地」までは歩いて向かう。

大房岬 大房岬要塞跡地

道案内もしっかりしている。

 

看板を発見。ここは昭和3年構築。砲塔2基を設置していた。

大房岬要塞跡地

正直いって、これといった遺構を見つけることが出来なかった、が

後日、私が見つけたのは、ごく一部だということが分かった。詳しくは、こちらのサイトに載っている。興味がある方は見ていって欲しい。

http://outdoor.geocities.jp/kotetsu0213/taibusamisaki.html

 

大房岬展望台

近くの大房岬展望台からの眺め。あんまり、印象に残ってないかなぁ

 

 

南房総市まで来れば、次の目的地「館山城跡」まではもう少しだ。この道中「エネオス イオンタウン館山店」で2回目の給油。

 

17:30 館山城跡に到着。

館山城跡

なぜ、城が見えるのに館山城なのかというと

1580年(天正8年)、里見義頼によって館山城が築城された。その後、1614年(慶長19年)に里見氏は改易され、館山藩は取り潰しとなった。この際に館山城も廃城となり、破却された。後の1781年(天明元年)に、稲葉正明が館山藩主となって館山に入ったが城を再建することはなく、2代正武が城の麓に館山陣屋を構えて、そこを新たな政庁とした。

現在建つ天守は、後に丸岡城を模して1982年(昭和57年)に再建された模擬天守であり、当時の天守の概要や外観については不明である。この天守は現在、館山市立博物館分館(八犬伝博物館)として利用され、周辺は城山公園となっている。

周辺の緑地などは城山公園となり、市民の憩いの場ともなっている。また、サクラや紅葉の名所、鳥を見物できる施設もあり一つの観光名所ともなっている。頂上までは70メートルと低いため、気軽な散歩として利用する人も多い。

wikipediaより引用。

 

館山市立博物館分館

この模擬天守は現在、館山市立博物館分館(八犬伝博物館)として存在している。

里見氏を題材にした『南総里見八犬伝』に関する各種資料の展示と、現在にまで続く八犬伝の人気を紹介しています。

博物館本館・館山城(八犬伝博物館)のご案内

里見城(館山城)跡碑

里見城(館山城)跡碑

 

 

周辺は落ちついた城山公園となっていて、ランニングすつ人、犬を連れて散歩してるひと、子ども連れなどがのびのびいきいきと過ごしていました。町にこのような場所があると、その町の雰囲気もおのずと良くなる気がする。

時刻は17時半過ぎ。そろそろ日も西に傾いてきた。この日の日の入り時刻は18時58分だ。

 

ここから進路を西に向け、チーバくんでいうところの足の先端、つま先にある「洲崎灯台」に向かいます。

県道257号線(房総フラワーライン)を西に15km。海岸線を通り、視線の先には真っ赤な太陽が水平線を鮮やかに照らす。この瞬間がたまらない。

 

18:15 洲崎灯台に到着。

洲崎灯台

房総半島最西端の灯台。東京湾入口をなす要地に建っている。

洲崎灯台からの日の入り

このまま太陽に向かって進めば、静岡の伊豆半島なのだろうがここから見える水平線には海しか見えない。息を呑む絶景。

 

明るいうちに房総半島最南端「野島崎灯台」を目指す。

県道257号線(房総フラワーライン)を南下、国道410号線と合流。

 

19:00 野島崎灯台に到着。

野島崎灯台 厳島神社

灯台の手前には厳島神社が。どこにでもあるんだなぁと、しみじみ。

 

 野島崎灯台

明治2年(1869年)に一度竣工、初点灯したが、その後大正12年(1923年)の関東大震災で倒壊。大正14年に改築されたのが今の姿。

 

野島崎灯台からまだ海岸線へ歩いていくと…

伝説の岩屋

変な洞穴が。何か見える。

 

怖い。普通に怖いタコ。

伝説の岩屋説明

伝説の岩屋と呼ばれるらしい。西暦1180年、伊豆から安房に渡って来た源頼朝公は勢力的に動き、この野島崎に立ち寄り矢鏃(やじり)で大岩に野島山の三文字を刻んだ伝説であるが、史実でもあると云われている。この地で武運再興を願掛けている時、突然に時雨に近くの岩屋に実を寄せ、雨を凌いだ。この岩屋を「頼朝公の隠れ岩」と称し、この場所に深海に棲む創造の大蛸(おおだこ)の海神を祀った。海神は海面を鎮め、豊漁を授け、そして人々に幸をもたらす事であろう…

この中に源頼朝が居たっていうことか!約800年以上の話。胸が熱くなる。

 

さらに、歩を進めると

房総半島最南端の地

ついにやってきた、房総半島最南端の地。来たという事実、達成感が満ち溢れる。

 

その周りには、

 

石碑を見ると、南アフリカから運ばれてきたような記述が。その真意は定かではない。

そして、海側を見ると、高台にベンチが設置されている。荒岩を登ると

絶景 朝日と夕陽の見える岬 とのこと。

 朝日と夕陽の見える岬

残念ながら、夏至も近づいてたので夕日は陸に隠れて確認できなかった。

 

日も暮れて、周りが暗くなり始めたので、1日目宿泊先に移動。野島崎灯台から1kmぐらいの民宿に泊まり、1日目が終了。

ザ民宿なところで、バイク焼けと移動で疲れた身体を癒しました。

 

 

1日目:富津岬~東京湾観音~鋸山~道の駅「きょなん」~大房岬~館山城~洲崎灯台~野島崎灯台~民宿

次は2日目、今度は房総半島の東側、外房を北上し自宅まで戻ります。

 

つづく…

原付で房総半島を1周してきた(2日目 外房編)

 

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